【韓国】ソウル市、旧日本軍の「朝鮮人慰安婦」 虐殺映像を初めて公開



1 ばーど ★ :2018/02/27(火) 18:03:19.88

中国雲南省騰沖で朝鮮人慰安婦が虐*れて捨てられる場面を撮った写真。米軍写真兵フランク・マンウォレン(Frank Manwarren)氏が撮影した

(出典 lpt.c.yimg.jp)


ソウル市が三一節(抗日独立運動記念日)99周年を記念して27日に開催した韓日中「日本軍慰安婦国際カンファレンス」で、旧日本軍の朝鮮人慰安婦虐殺を見せる映像を初めて公開した。

終戦前の1944年、中国雲南省騰沖で朝鮮人慰安婦が虐*れて捨てられる場面を見せる19秒間の白黒映像だ。ソウル市とソウル大人権センターが2016年と17年の2回、米国立公文書記録管理局(NARA)を訪問して資料調査と発掘作業を行った結果、撮影から70余年後に映像が公開された。

映像には朝鮮人慰安婦が旧日本軍によって殺害された後に捨てられる残酷な場面が映っている。周辺では遺体を埋葬しにきたとみられる中国軍兵士2、3人の姿も見える。連合軍164通信隊写真中隊のボルドウィン兵士が1944年9月15日に撮影したもので、映像の場所は中国雲南省騰沖と推定される。

ソウル市とソウル大人権センターはこの映像資料1点をはじめ、写真資料2点、当時の米中連合軍が作成した作戦日誌をはじめ、旧日本軍の慰安婦虐殺を裏付ける文書14点も共に公開した。映像と共に公開された連合軍情報文書には騰沖が陥落する直前の1944年9月13日夜、旧日本軍が朝鮮人女性30人を銃*たと記録されている。旧日本軍が慰安婦を虐*たという証言、記事などが公開されたことはあるが、朝鮮人慰安婦を含む旧日本軍の慰安婦虐殺現場が撮影された映像が公開されたのは今回が初めて。

朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長は「国を失って力がない祖国で女性と少女がどんな苦痛を経験したのか、あまりにも胸が痛む現実を私たちは直視している」とし「このような不幸な歴史も記録して記憶してこそ二度と繰り返さないだけに、今後もソウル市が可能なすべての力と資源を集中し、歴史を記憶して正す作業に率先していく」と述べた。

2/27(火) 15:45
中央日報日本語版
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180227-00000029-cnippou-kr



13 名無しさん@1周年 :2018/02/27(火) 18:06:51.17

>>1

ほらほら、米韓中の虐殺行為を世界でどんどんアピールしていかないと
東京裁判史観で結束した奴らにやられっぱなしになるぞ


14 名無しさん@1周年 :2018/02/27(火) 18:06:52.91

>>1
>映像には朝鮮人慰安婦が旧日本軍によって殺害された後に捨てられる残酷な場面が映っている。
>周辺では遺体を埋葬しにきたとみられる中国軍兵士2、3人の姿も見える。

明確に朝鮮戦争当時のものだ。

捏造禁止!!


56 名無しさん@1周年 :2018/02/27(火) 18:12:54.38

>>14
朝鮮戦争時の洋公主をなすりりつけているからそうなる
少女像なのは戦後の洋公主が日帝時代には少女だから


31 名無しさん@1周年 :2018/02/27(火) 18:09:54.13

>>1

ほらほら、韓国を敵国扱いしない自民党外交は売国外交だとそろそろ理解したかな、ネトサポちゃん?w

日韓慰安婦合意、韓国外相が批判 ★2
https://asahi./test/read.cgi/newsplus/1519274041/
【河野外相】韓国代表団が慰安婦を「性奴隷」表現は日韓合意違反 直ちに韓国側に抗議-国連委
https://asahi./test/read.cgi/newsplus/1519355119/
【国連】韓国女性家族相、女性像設置支援の考え…国連委
https://asahi./test/read.cgi/newsplus/1519323607/
韓国外相が国連で慰安婦問題に言及「過去の過ちが繰り返されないよう、現在と未来の世代が歴史の教訓を学ぶようにすることが重要」
https://asahi./test/read.cgi/newsplus/1519695332/
【政府対応】韓国外相の慰安婦問題言及、日本政府は即日抗議 日韓慰安婦合意の履行求める
https://asahi./test/read.cgi/newsplus/1519699557/

【政府】「竹島の日」の制定 回答を控える旨の答弁書を閣議決定
https://asahi./test/read.cgi/newsplus/1519116335/
【日本政府】北朝鮮との対話条件を緩和 「雑談名目なら応じる」
https://asahi./test/read.cgi/newsplus/1519684187/


60 名無しさん@1周年 :2018/02/27(火) 18:13:18.07

>>1
そんなものが本当にあるならとっくの昔に公開してたろうが笑笑


96 名無しさん@1周年 :2018/02/27(火) 18:16:32.90

>>1
> 米軍写真兵フランク・マンウォレン(Frank Manwarren)氏が撮影した

第二次対戦中なら、

そのようなシーンを

①米軍兵が

②正面から

③何の咎や妨害を受けることなく

撮影できることは絶対にありえない。

明確に、朝鮮戦争当時のものだ。

④しかも、死体が従軍慰安婦であることの証明になっていない。

したがって、明確な証拠ではなく、

かえって、従軍慰安婦とは、朝鮮戦争当時の

間kp区軍慰安婦であることの自白だw


2 名無しさん@1周年 :2018/02/27(火) 18:04:26.94

2だ。


72 名無しさん@1周年 :2018/02/27(火) 18:13:54.44

>>2
異常にスムーズな動画だなwww
当時こんな映像移せる機器あんのかよww


4 名無しさん@1周年 :2018/02/27(火) 18:05:18.38

1944年に中国で米軍写真兵が撮影?
これはもしかして突っ込みどころ満載なのでは・・・


62 名無しさん@1周年 :2018/02/27(火) 18:13:22.56

>>4
バッチリのアングルでな


80 名無しさん@1周年 :2018/02/27(火) 18:14:34.90

>>4 昭和19年に韓国女性を日本兵が*て中国兵が埋める処を米兵が撮影とか頭割れそうだな案外本当かも知れないなw


12 名無しさん@1周年 :2018/02/27(火) 18:06:43.05

動画な

(出典 Youtube)


これは謝罪と賠償だな(´・ω・`)


17 名無しさん@1周年 :2018/02/27(火) 18:07:42.55

>>12
ログインしてまで見たくないなぁ


77 名無しさん@1周年 :2018/02/27(火) 18:14:13.25

>>12
ログインしなくても見れるのはないの?


98 名無しさん@1周年 :2018/02/27(火) 18:16:43.20

>>77
モザイク処理してるから平気だよ


15 名無しさん@1周年 :2018/02/27(火) 18:07:14.98

意外に中国にアメリカ兵いたの知られてないのな


81 名無しさん@1周年 :2018/02/27(火) 18:14:43.99

>>15
戦時中に日本兵がそばにいる映像を取れるもんなの?


94 名無しさん@1周年 :2018/02/27(火) 18:16:13.28

>>81
無理


30 名無しさん@1周年 :2018/02/27(火) 18:09:49.20

【歴史洗脳戦】GHQ工作 贖罪意識植え付け 中共の日本捕虜「洗脳」が原点 英公文書館所蔵の秘密文書で判明[06/14]�
元スレ http://yomogi./test/read.cgi/news4plus/1434255275/

■占領下の日本国民に戦争に対する贖罪(しょくざい)意識を植え付けるため連合国軍総司令部(GHQ)が、
中国・延安で中国共産党が野坂参三元共産党議長を通じて日本軍捕虜に行った心理戦(洗脳工作)の手法を取り入れたことが、英国立公文書館所蔵の秘密文書で判明した。

GHQの工作は、「ウオー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)」と呼ばれ、現在に至るまで日本人の歴史観に大きな影響を与えている。

GHQでマッカーサーの政治顧問付補佐官だった米国の外交官、ジョン・エマーソンが、1957年3月12日、
共産主義者との疑惑が浮上したカナダの外交官、ハーバート・ノーマンとの関連で米上院国内治安小委員会で証言した記録で、「ノーマン・ファイル」(KV2/3261)にあった。

 44年11月に米軍事視察団の戦時情報局(OWI)要員として延安を訪問したエマーソンは、中国共産党の支配下で野坂参三(延安では岡野進と称した)元議長が日本軍捕虜の思想改造に成功した、
として「岡野と日本人民解放連盟が行った活動の経験と業績が、対日戦争(政策)に役立つと確信した」と証言。

さらに「共産主義者の組織であったが、捕虜たちが反軍国主義や反戦活動に喜んで参加するまで吹き込み(洗脳)に成功したことから彼らの成果はわれわれ(米国)の対日政策に貢献できると思った」と述べている。

 エマーソンは後に「(延安での収穫を元に)日本に降伏を勧告する宣伝と戦後に対する心理作戦を考えた」『戦後秘史4赤旗とGHQ』と告白した。

エマーソンが「対日政策に貢献できる」と証言した「心理戦」は、日本兵に侵略者としての罪悪感を植え付けるもので、軍国主義者と人民(国民)を区別し、軍国主義者への批判と人民への同情を兵士に呼びかける「二分法」によるプロパガンダ(宣伝)だった。

■GHQは、終戦直後の昭和20年9月に「プレスコード」(新聞綱領)を定めて言論を統制し、一般人の私信まで検閲を実施。
10月には、「日本人の各層に、敗北と戦争を起こした罪、現在と将来の日本の苦難と窮乏に対する軍国主義者の責任、
連合国による軍事占領の理由と目的を周知徹底する」との一般命令第4号を出した。
さらに、12月8日から全国の新聞に『太平洋戦史』を掲載、翌日からラジオ番組『真相はこうだ』を放送させ、戦勝国史観を浸透させた。

「日本の軍国主義者が国民に対して*た罪は枚挙にいとまがない」
 昭和20年12月8日、GHQの民間情報教育局(CIE)に強要され、新聞各紙が連載を始めた『太平洋戦史』では、

「大東亜戦争」を公的に使用禁止し、冒頭から「真実を隠蔽(いんぺい)した軍国主義者」と「大本営発表にだまされた国民」を二分して対峙(たいじ)させ、

日本が非道極まりない国だったと全国民にすり込んだ。それは現在も国民的な「神話」となっている。


42 名無しさん@1周年 :2018/02/27(火) 18:11:25.40

【歴史戦】習近平氏が「日本の暴行暴いた」と称賛した英国人記者、「南京事件」の現場に居合せず 在職記録もなし[8/31] 
元スレ http://mint./test/read.cgi/news4plus/1472588670/
 【ロンドン=岡部伸】中国の習近平国家主席が昨年10月に訪英した際、第二次大戦で「侵略者日本の残虐行為を暴いた」と称賛した英国人記者が、所属していたとされる英新聞社に在職記録はなく、
中国側が「日本の残虐行為だ」と主張する「南京事件」の現場にもいなかったことが30日までに明らかになった。

 習氏がエリザベス女王主催の公式晩餐(ばんさん)会で取り上げたのは英国人のジョージ・ホッグ氏。「第二次大戦の際、記者として侵略者日本の残虐行為を暴く記事を発表した」と紹介した。

 中国は2008年にドイツなどと合作で、ホッグ氏を主人公にした映画『チルドレン・オブ・ホァンシー 遥(はる)かなる希望の道』を制作した。この中でホッグ氏は赤十字職員と偽って南京に入り、中国市民を殺害する日本兵を写真撮影。
日本兵に見つかり処刑される寸前に中国共産党の軍人に助けられる。

 しかし、映画の原作となった『オーシャン・デビル』を執筆した英タイムズ紙記者のジェームズ・マクマナス氏は、「ホッグ氏の中国入りは1938年2月で、彼は南京に行っていない。映画は脚色され、事実ではない」と証言した。

 中国側が主張する「南京事件」は日本軍が南京を占領した37年12月13日から6週間程度。2月に上海入りしたホッグ氏が目撃するのは不可能だったというわけだ。

 ホッグ氏は大学卒業後、英紙マンチェスター・ガーディアンやAP通信の記者を務めたとされている。ところが、産経新聞が後継紙である英紙ガーディアンに問い合わせたところ、ホッグ氏の署名記事はもちろん、在職記録もなかった。

 AP通信やUPI通信には署名記事はあったが、紀行文などで、「日本軍の虐殺行為を暴いた」という署名記事は見つからなかった。

 マクマナス氏の著書などによると、ホッグ氏は上海入りした後、湖北省黄石市に移り、孤児施設で教師を務めた。
中国の国民党政府軍が孤児たちを徴兵しようとしたため44年11月、孤児60人を連れてモンゴル国境に近い甘粛省山丹まで移動。戦火から子供たちを守った「中国版シンドラー」と評されている。

 45年8月24日付のマンチェスター・ガーディアンによると、ホッグ氏は同年7月に破傷風で病死した。

 ホッグ氏の両親からの依頼で死因を調べた在重慶英国領事館から英外務省に宛てた46年1月9日付公文書(英国立公文書館所蔵FO369/3426)は
「ホッグ氏が校長を務めた山丹の学校教育が中国で最も素晴らしい教育の一つで、ホッグ氏が誠実に天職(教師)に尽くし、協同組合活動の指導者として修練を重ねる極めて良質な人物」と記している。


84 名無しさん@1周年 :2018/02/27(火) 18:14:55.09

【中国人】米国メディア、中国が日本を嫌う本当の理由を図星で指摘!海外が大騒ぎ

中国が日本を嫌い続ける理由を考察した米国メディアの記事が話題になっていました。

歴史問題や日本の謝罪が不十分だと理由で嫌っていると主張している中国ですが、記事では、中国の反日運動が始まったのは民主化運動の過激化によるもので、政治の道具にすぎないとの指摘がなされています。

■どうして中国は日本を嫌い続けるのだろうか。

・合理的な説明としては、第二次大戦での虐殺と、謝罪を拒否し続ける日本に中国人が怒ってるから。
・でもそれでは説明ができない。
・終戦後、中国は公式謝罪を求めてない。トーンを変えたのは中国が力をつけた1980年代になってからだ。
・それどころか、日本は中国の謝罪要求に対して何度も謝罪してるのに、あまり効果が見られない。

・和平の真の障害は、歴史にまつわる争いが両国の内政問題や、アジアの超大国のライバル争いに発展してることだ。
・1989年の反政府デモの後、1990年に中国共産党は権威を取り戻そうとした。過激な反日プロパガンダを容認。”歴史的な犯罪者”日本に勝るものはないと考えた。

・時とともに日本への政策は厳しさを増していった。日本との調和を望む政治家は政治生命を失い兼ねない。外務大臣のワン・イは、日本に精通した人物で、日本語もペラペラだが、人前で使うことはない。
・清華大学のチュ氏「日本を褒めようものなら、生徒から怒りを買う」、アメリカのほうが幾分マシらしい。「賛同はしないけど、裏切り者呼ばわりされることはないから」

・海外の名無しさん
仮想敵はよく使われる政治の道具だから。
そういうことでいいじゃん。

・海外の名無しさん
毛沢東政権時代に大勢の中国人を*たことについて、中国共産党は謝ったの?
もし謝罪してないなら、他の国が謝罪するのを期待するのは意味がわからないよ。


99 名無しさん@1周年 :2018/02/27(火) 18:16:45.38

【南京事件】 元日本軍兵士「南京城内は空っぽでした。人がおらん以上、虐殺があるはずがなか」「日本兵相手に商売を始め誠に和やかでした」
http://yomogi./test/read.cgi/news4plusd/1427618183/

■「陥落後の南京は和やかだった」「虐殺はでっち上げ」-。

「反日」という政治的思惑を帯びた中国の攻勢に負けず、元兵士らの証言をはじめ当時の史料や状況を冷静に検証し、歪曲(わいきょく)・誇張に満ちた歴史を是正する必要がある。

「日本を取り戻す」を旗印に政権を奪還した安倍晋三首相は2月、南京事件に対する海外からの誤った批判に正当な理解を得るよう発信していくと明言した。

この「歴史戦」に敗れれば、日本の名誉は永遠に汚され続ける。

■「城内に遺体はなかった」

「城内は空っぽでした」。昭和12年12月13日の南京陥落後、南京城に入った城光宣(じょうこうせん)さん(99)に昨秋、
城内の様子を尋ねた際の第一声だ。

兵士はおろか、住民の姿さえいない無人地帯だったというのだ。住民たちは、欧米人らでつくる国際委員会が城内に設けた非武装中立地帯「安全区」に逃げ込んでいた。城さんは熊本で編成された陸軍第6師団歩兵第47連隊に所属する獣医務曹長。

■南京攻略時の師団長は戦後の南京軍事法廷で、「南京虐殺の責任者」との罪で戦犯となり、処刑された~

虐殺はあったのか否か。同様の質問を繰り返したが城さんは憤りを交え、同じ答えを繰り返した。

「30万人も虐*たというのはでっち上げですたい。人がおらん以上、虐殺があるはずがなか」

■日本兵相手に商売も

《日本軍は南京占領直後から1カ月で2万の強*事件を起こし、6週間で20万人を虐*、暴行や略奪の限りを尽くした》

戦後の東京裁判判決はこう認定した。

さらにこうも断定した。

《何ら口実もないのに中国人男女や子供少なくとも1万2千人を最初の2、3日で殺害し、死体は大通りに散乱した》

■元兵士が見た南京はどんな様子だったのか。

「とても戦争中とは思えなかった。南京は誠に和やかに尽きるという印象でした」。
占領後最初の6週間の一時期を城内で過ごした元海軍第12航空隊の3等航空兵曹、原田要さん(98)はこう振り返った。

陥落後、城内の飛行場に降り立った原田さんの印象に残るのは、日本兵を相手に露店で商売を始めるなど日常の生活を営む住民らの姿だった。

この証言には重要なポイントがある。陥落後間もない城内では、すでに住民による露店が立っていたという点だ。

南京攻略戦で城内に残った住民らは一時、非武装中立地帯の「安全区」に逃げ込んだが、日がたつにつれ安全区から出てきて平穏さを取り戻している。
原田さんの目にはそう映った。

■平成19年12月、東京で開かれた「南京陥落70年国民の集い 参戦勇士の語る『南京事件』の真実」でも、8人の元将兵が同様の証言をしている。

「敵兵は1人もおらず、城内はガランとして人影がなかった。100メートルほど行くと、1人の老婆が紙で作った手製の日の丸でわれわれを歓迎してくれた」
(12年12月14日に入城し、すぐに城外で宿営した元陸軍第6師団歩兵第13連隊の伍長、古沢智氏)

「入城して2~3日後、住民の姿をみかけるようになり、時計の修理のため時計屋を訪れた」「3回ほどサイドカーで城内をくまなく見て回ったが、遺体や虐殺の痕跡は目にしなかった」(12月16日に入城した元陸軍第16師団の獣医少尉、稲垣清氏)




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