職場の「大人の発達障害」にどう向き合うか 同僚との「組み合わせ」に解決の糸口


鍵を握るのは「組み合わせ」の発想だ

鍵を握るのは「組み合わせ」の発想だ

近年、人事やマネジメントの話の中で使われるようになってきた言葉に「発達障害」というものがあります。発達障害者支援法では「自閉症アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるもの」と定義されています。

一方、発達障害を持つ方を支援している会社などでは「脳機能の偏り」「特性」と説明しており、それ自体で「害」を持つというより、人や仕事との関係性の中でその特性が困ったことを及ぼす場合に「障害」と認識されるということです。(人材研究所代表・曽和利光)

「程度の問題」が生む対応の難しさ

この定義は我々非専門家からみると曖昧にみえ、なかなか正体をつかみにくいように思えます。「困った特性を持つ人」など世の中にいくらでもいるし、自分自身の中にもあると思えるからです。

多くの事例を見ている専門家にはどれくらいから障害か判定できるのでしょうが、抽象的な定義を読んでもイメージしにくいのが多くの人の感覚ではないでしょうか。

以前は「自閉症」「アスペルガー」と言っていたものが近年では「自閉スペクトラム症」と呼ばれるようになるなど、スペクトラム(連続体)つまり「程度の問題」であることがわかります

通常の採用面接でも、ある特性(例えば几帳面さ)を評価する際に、「程度」を評価するのは最も難しいことです。明確な線引きができないから、他者と比較して相対的に判断するしかありません。

明らかに生活に困難をきたすような程度であれば、幼少期に発達障害と診断され適切な治療を受けることができます。しかし、軽症な人や周囲のサポートが十分で問題が生じなかった人は、障害の診断がくだされることなく大人になっていきます。

「腫れ物にさわる」扱いではいけない

ところが社会人になって仕事の負荷が増えることで、これまでのようにいかなくなると、「大人の発達障害」として認識されるというわけです。

現在では医学の発展のおかげで様々な治療方法や対処方法が確立されているわけですから、「大人の発達障害」も適切に診断を受けて治療を開始することは重要です。素人だけで対処することは避けなければなりません。

その一方で、発達障害とは「程度の問題」であり「害かどうかは環境の影響も受ける」ものであるとすれば、特定の人を「発達障害」と診断し、周囲に認知してもらうことが必ずしもよいこととは言えないのかもしれません。

近年は社会的認知が広まってきた精神障害(うつや統合失調症など)も、最初は身体障害よりはわかりにくいために偏見にさらされました。発達障害はさらに難しい定義のために、多くの人々には理解されない謎のものであり、周囲にいわれのない不安を持たれてしまうおそれがあることは注意すべきでしょう。

先日、長年「大人の発達障害」の就労支援をしている方と対談をした際にも、どこまで「発達障害を持つ人」として社内で認識してもらうかは大きな問題だとおっしゃっていました。現状の社会的な認識レベルでは単なるレッテル貼りになり、「腫れ物にさわる」扱いになるおそれがあるからです。それは治療の意味でもよいことではありません。

カバーする特性」と組み合わせれば力を発揮できるかも

そもそも大人の発達障害を持つ人は、それまで診断名がつくことなく、通常の生活をしてきた人です。障害レベルの困り方に至らなかったのはどんな環境にいたからか、考えてみるのもヒントになるかもしれません。

発達障害の有無に限らず、人は誰と組んで働くかによって、うまくいったり、いかなかったりします。発達障害がある種の性格や能力の強めの特性であるなら、それをカバーする特性を持つ人と組み合わせれば、ふつうに力を発揮でき、困ることはないかもしれません。

ヒューマンロジック社が展開しているFFS(Five Factors & Stress)理論のような組み合わせを科学できる方法もあります。これは人間の「思考行動の特性」を分析する理論で、「凝縮性」「受容性」「弁別性」「拡散性」「保全性」という5つの因子に対するストレス状態を数値化することで、その人の思考行動を把握しようとするものです。

この5つの因子は誰もが持っており、その強さによって「その人らしさ」が形成されます。そして、その人が感じるストレスによってその人らしさが「よく出る」場合と「悪く出る」場合があり、自分や同僚の特性を理解することで円滑なコミュニケーションを促すことが可能になります。

職場においては、その人に生じている問題を「個」の問題とだけ捉えすぎず、「組み合わせ」の問題として解決策を練ってみてはどうでしょうか。特に、発達障害という領域においては、この考え方はより重要性を増すのではないかと思います。

sowa_book【筆者プロフィール】曽和利光
組織人事コンサルタント京都大学教育学部教育心理学科卒。リクルート人事部ゼネラルマネジャーを経てライフネット生命、オープンハウスと一貫として人事畑を進み、2011年株式会社人材研究所を設立。著書に『コミュ障のための面接戦略 』 (星海社新書)、『組織論と行動科学から見た人と組織のマネジメントバイアス』(共著、ソシム)など。

株式会社人材研究所ウェブサイト
http://jinzai-kenkyusho.co.jp/

職場の「大人の発達障害」にどう向き合うか 同僚との「組み合わせ」に解決の糸口


(出典 news.nicovideo.jp)


<このニュースへのネットの反応>

あのさぁ…そういうこと言う奴の方が本当は「大人の発達障害」の可能性が高いんだよね。なんだかな。


発達障害だと分かってた方がまだマシ、腫物と言われてもそれに合わせた仕事内容になるから。実際に発達障害でも程度が低いもしくは診断受けてないのは地獄やぞ。おかしいと思いつつも何とか人並に仕事しようとして残業するので、診察を受けに行く時間すらできない。それでも仕事が出来ないor遅いから給料泥棒のような扱いが付きまとう。


職業に適正がないところに入ってはいけない。世襲とかほんとやばい


お世話係 的な人を一緒にしてあげないとダメな人って、居るよね。


問題定義する奴って、騒ぐだけで「俺こんな良い事言ってる」で終わってるから性質が悪い。この手の問題は自身の宣伝材料としか思ってない。


ああ、ムリっすね。基本的に障害とか関係なく「マニュアル覚えて、周りと合わせて進めて、躓くことがあったら相談して。とりあえず4~5割くらいできればいいよ。後は他の人間がやるから」くらいしか、言えることないっスわ。仕事ができる人間てのは、マニュアルやらに合わせて、自分で対応できるんだよ。だから7割、8割て増やせる。そういう人間を伸ばしとけばいいんだよ


「鍵を握るのは組み合わせの発想だ」いいと思うよ。その発達障害に限らず、全てに対してね。


大人の発達障害は今に始まったことじゃない。明らかにアレな老害が今、部長・専務・店長・社長とそのポストに平然とそこら中の企業で居座ってる。


結局のところ、学校行かせて社会に放りだず平均化システムの弊害ともいえるね。それなりにと昔だと、それなりに広いコミュニティを持つ人で、人を見る目のある人がいろんな人を見極めて、受け入れ先を世話したり自分が受け入れたりと、なんだかんだ受け皿があったのよね。平均化の悪い点は、その基準では見極められない位置の人を、平均だとして放り出す点にある・・・解りづらいな!


実際チームビルドが上手い管理者がいるところは尖った奴が多いチームでも上手く回るからこういうの大事だぞ。発達障害の奴なんかは得意なことだけやらせると人の何倍もこなしたりするから使い方次第。


昔務めていた会社でこんなことがあった。その人は他の社員達とコミュニケーションが取れずすぐクビになった。その際、上層部は「何か精神的な病気かもしれないから、病院に行ったほうがいいよ。でも、ウチでは面倒みきれないから」と言ったらしい。結局関わりたくないって事なのかな…。


そりゃあ使い方次第だけど、普通の会社にそんな采配できる有能なヤツがいるかは運だろ...(余力も無いときめ細かな面倒も見れないし)


漫画だと人と人との組み合わせってたまに出てくるな。太田は進士にはムリでも熊耳なら御せるとか、三橋の話は阿部には分からんが田島なら通じるとか。


何でもそうだけど、最低基準と比較分業さえ狂ってなければ正常に運営できる。総合、最大・最小、最頻・中央・平均の見積もりさえ間違わなければ、そもそも総合で足りないムリな設定なんて当然却下されるし、とんでもねぇヒューマンエラーもそうそう起きねぇよ


面接でハネるにしても明らかにおかしいやつ以外はわからないんだろうな。


自閉症スペクトラムの方は本当に組み合わせが重要だと思う。うまく誘導すれば完璧な仕事をしてくれる一方で、俺の言うことは聞かないと腹を立てる人も一定数いた。


大人の発達障害だとかスペクトラムだとか名前を変えようが変えまいが割とどうでもいいっす…そういう人らに得意な仕事をあてがったり凹凸噛み合う人間組ませたりする前に「役立たず」と切り捨てる方が早いしその確率の方が高い、人間はそんなに他人に優しくないんよ…




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