ゆとり教育でも、やりようによっては成功できた!?/ひろゆき


―[ひろゆき連載コラム「僕が親ならこうするね」]―


ゆとり教育でも、やりようによっては成功できた!?

 ゆとり教育の成功例としてよく挙げられるフィンランドは、20~24歳の大卒月収の平均が2520ユーロ、1ユーロ120円換算で約30万円。一方で、日本は大卒22歳ぐらいの初任給は平均21万円。教育を終えて社会に出るだけで、10万円ぐらい差が出ています。

 ちなみに’18年の国際学習到達度調査(PISA)における読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの順位はフィンランドが7位、16位、6位。日本は15位、6位、5位とほぼ同等です。

 こうやって見ると、ゆとり教育そのものが悪いのではなく、「日本のゆとり教育が間違っている」、もっと言うと「日本の先生が悪い」というのが正解ではないかと思えてくるのですね。

 フィンランドの授業日数は世界でも最低レベルで、学校の授業日数は約190日。日本の子供たちはフィンランドの子供と比べて約40日多く学校に通っていることになるのですが、社会人になると日本人フィンランド人より約10万円給料が低くなる。しかも、フィンランドは大学が無償なのに、大学の学費で数百万円払っているのに、です。

 フィンランドの大学進学率は30%程度で、高校を卒業したあとに職業訓練校といって日本でいうところの専門学校に通う学生も多いです。日本人学生だと4年間大学で学んだことを社会に出てから全く使わないで働いていたりする人が多いですが、フィンランドだと職業に則した実践的な授業をやっていたりするようなのですね。

 例えば、小売店の店頭に置いてある安売りの看板の書き方の授業とか、服屋での洋服の綺麗な畳み方講座、旅行などの観光業の授業などを、その分野で3年以上働いたことのある人が教師になってたりします。そして、教師になってからも5年に一回現場に戻って実務経験を積まないといけないのだそうです。

 これが日本の場合だと、社会人を経験したことのない人や、社会人経験はあっても社会から10年以上離れている人が、学生にモノを教えていたりするのですね……。

 漢字の書き順よりも、SNSの使い方や、より効率よく調べ物をする検索方法を教えたほうが社会に出たときによっぽど役に立つのですが、日本の先生はそこまで教えることができない。たとえできたとしても、一部の先生だけでしょうし、そういった部分は学習指導要領として重視されてもいないので、ほとんどの学生が卒業したあとに役に立たないような、古文・漢文といった授業を必修にして、学生の貴重な時間を浪費しているわけです。

◆役に立たない授業を減らしていく必要

パソコンは使いこなせたほうがいい」とか「外国語が使えるのは当たり前の時代だよね」、「いろんな宗教の知識があったほうがいいよね」とか、昭和の時代とは明らかに違う価値観で教育を変えていくためには、役に立たない授業を減らしていく必要があるわけです。

 というわけで、役に立たない授業を減らし、ゆとり教育にすることで、社会に出てから必要なスキルを学生に学ばせることができるのであれば、日本のゆとり教育も成功した可能性はあったのですが、日本の教育、それを教える先生に変わる気がないので失敗したのではないかと。

 そして、ゆとり教育を廃止するのではなくて、考える習慣や社会に出てから役に立つゆとり教育をするべきではないかと。それが、ゆとり教育の本当の目的だと思うし、ゆとり教育の良いところだと思うので。

ひろゆき
西村博之(にしむらひろゆき)’76年、神奈川県生まれ。フランス在住、たまに日本。2ちゃんねるニコニコの元管理人で、英語圏最大の掲示板サイト『4chan』現管理人。SPA!誌面にて11年間にわたり「ネット炎上観察記」を連載。近著に『自分は自分、バカはバカ』(SBクリエイティブ)など

―[ひろゆき連載コラム「僕が親ならこうするね」]―


※写真はイメージです


(出典 news.nicovideo.jp)


<このニュースへのネットの反応>

もっと教育について勉強してから記事を書かれたほうが良いですよ。すくなくとも、日本の教育システムも正しく勉強されたほうがいいと思います。先生がどうこう、ではないんですよね。国で定められた教育指針があって、それに従って指導要領があって、それにもとづいて現場で教えているわけです。つまり、余計なことがしたくてもできないんですよ。


そもそも、学校教育は家庭でできない部分を補うためにあるのですが、今では基本的な社会ルールとか、生活の仕方さえ家庭では教育されていません。それも学校で教えているんですね。教育は全部学校任せというのが現代日本の現状です。


また、役に立たない授業というように記事では書かれていましたが、役に立たない授業は存在しません。古文・漢文を役に立たないものの例として挙げていましたが、日本が持つ歴史や文化に親しむ、という面でいえば役立っていますよね。他国の方と接すると必ず自国の文化について聞かれますよ。社会に出て労働に使えるということがすべてではないと思います。


教育でフィンランドを持ち上げるのは周回遅れですよ。フィンランドの学生の8割は分数計算ができません。PISAのカラクリも大学無料のデマもとっくの昔にバレてしまって、いまどき出羽守さまでもフィンランドの教育は持ち上げません。ひろゆきさんはもう少し世間を広げた方が良いですよ。


しかし、事実として、現代社会の変化についていけていないというのは間違いない事実です。それらについて全く分からないという教員も多々いることでしょう。一方で、若い世代の教員はそれらについてもよく知っており、良く集会やさまざまな授業で情報について教育をしてくれているようです。


今少しずつ(あまりにも遅すぎますが)教育現場も変わっているようです。日本教育のいいところを残しつつ、時代に合わせた教育が行えるような国になるといいですね。


何の話でもそうだけど、「やりようによっては上手くいく」は魔法の言葉ですよね。


毎回言われてるだろうけど役に立たない授業って自分が価値がわからないだけだろ。


後だしじゃんけんの権化のような奴の話をまともに受け取る人多すぎ


前に読んだ漫画で、『日本の社会システムは学校の延長上にある』『受験を中心とする教育制度は、社会が変わらなければ当然変わらない』ってセリフを見たが一理あるなと思う。日本の学校教育は高校・大学受験合格を目的にしているし、就職にしても受験者がどれだけ努力してきたかを、学歴である程度評価するからね。あれ?じゃあ何で国は教育改革とか抜かしてんだって思った。


まるでゆとりが失敗作みたいに受け取れるんだが (笑。


そもそもゆとり教育が悪いんじゃなくて個人の才能に合わせた教育を!とか言い出したのが悪い。学校教育は一定水準の人間を育てる方法(現に物書き計算ができない日本人はほぼいないので成功)なので個人の才能を伸ばすことはほぼ無理。大量生産のラインの中で量産しながらオーダーメイドの製品作れって言うようなもん




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