自己統治能力が試される、あなたの非常識度がわかる3つの質問


「誰だって、自分の人生という物語の主人公なんだ」という不朽の名言(英文)がある一方で、redditで『Am I the Asshole?(英文)』というスレッドを作って盛り上がっている人の多くが、自分は密かに悪いことをしているのかもしれないと心配になっているはずです。

このスレッドは、自分の問題行動を投稿して、それが正しい行いなのか非常識なのかをネット上の仲間に決めてもらう場所です。

自動車事故の傍観者的なスタンスで読むとおもしろいかもしれませんが(英文)、このスレッドは、常識・非常識を簡単に判断する基準の確立が目的ではなくて、善悪の判断が難しい行動にフォーカスしています。

幸いなことに、その人の「非常識度」を測る簡単なテストがあります。

このテストは、「ショッピングカート理論」のことを考えずにいられないTwitterユーザー@ANTICHRISTJAREDの投稿に端を発しています。

匿名の人物が作った「ショッピングカート理論(正確な起源は謎です)」は、スーパー駐車場でショッピングカートをどうするかでその人の性格がわかるとしています。

(A)駐車した場所に放置する。

(B)カート置き場に戻す。

あなたはどちらでしょうか?(B)は、スーパーの従業員がカートを集めて歩く時間を節約し、カートで他人の車に傷がつくことも防ぎます。

カートを返却できないほどの緊急事態でない限り、カートを返却する唯一の動機は、社会の約束事を守りたいと思う善意です。

アメリカでは、カートを返却すれば25セントが返金されるシステムもあるにはありますが(英文)、いずれにしろカートの返却は誰からも強制されていません。

この理論は、自己統治(セルフガバナンス)というプラトンの概念に道徳的要素を結びつけたもので、個人やコミュニティーが機能的な社会の中で共存できるように自らの行動を規制する能力です。

哲学者のジョンロックは、自己統治能力こそ真の自由の源であるとしています。

しかし、基本的なレベルでは、「ショッピングカート理論」を誕生させた匿名の人物が見事に指摘している通り、「ショッピングカート理論」のような自己統治力テストでも、善良な社会の一員かそうでないかがわかります

自己統治能力が試される機会は日常に山ほどある

もちろん、ショッピングカートの返却は、社会生活の側面の1つ(英文)にすぎません。

基本的に、外出中の行動は、どんなに小さなことでも社会規範に則るか否かにわかれます。

わかりやすい例をあげましょう。

誰かが1万円札を落とすところを目撃したら、あなたはそのお金を拾って自分のものにしてしまいますか?それとも、落とし主に返してあげますか?あるいは、誰が落とし方わからない1万円札を見つけたら、どうしますか?

一方で、「間違いなく非常識な人間だ」と言われるような行動もあります。以下にその具体例をご紹介します。

1.歩きながら道にゴミを捨てますか?

私が住んでいるニューヨーク市のブルックリン界隈は、非常識な人を見つけるのに事欠きません。

路地が無い都市で、人間が多い割に公共のゴミ箱が少なすぎるので、ゴミが道に溢れていることがよくあります。

ホームレスになりそうな人が多い界隈でもあるので、住むところが無かったり食事にありつけないかもしれないという不安を抱えている人たちが紙袋を路上に置いても、仕方がないと思います。

でも、高価なアイスコーヒーが半分残っているプラスチック製のカップをコンクリートの縁石の上に放置するのは、「仕方がない」では済みません。

こうした飲み残しが入ったカップは長い間その場に放置された挙句、倒れて中身がこぼれ、ゴミ収集の場所にあるゴミの山に合流することになります(完全に「たとえば」の例です)。

ウォルト・ディズニーテーマパークを設計する際に、人間は平均30フィート(約9m)も歩かないうちに、手に持っていたくないゴミを地面に捨てるという研究を発表した(英文)という言い伝えがあります。

どうやら非常識な人間は恐ろしいほどたくさんいるようです。どれだけの距離を歩こうと、道にゴミを捨てていいわけでありません。ゴミ箱が見つからないときは、自宅にゴミを持ち帰るべきです。

2.電車に乗るとき降りる人を先に降ろしますか?

これはどちらかと言えば都市に住んでいる人の問題ですが、たとえば、自分が入ろうとしている部屋から出ようとする人がいたら、ドアを押さえて出る人を優先するなどの状況にも当てはまります。

端的に結論を言うと、電車から降車する乗客を先に降ろしてあげずに自分が先に電車に乗るのは非常識です。

列車から降りる人を先に降ろさず自分が先に列車に乗り込むと、人の流れが滞り、その列車が遅延するだけでなく、その後の列車も含めてすべての列車のシステムに連鎖的に影響が及びます。

これは長年ニューヨークの地下鉄の悩みの種です(英文)

この問題を緩和する試みとしては、秒読み時計、口頭でのアナウンス、楽に乗車できるように幅の広いドアを備えた列車に設計し直すなどがあります。しかし、列車の乗客たちが非常識にならないように心がけるだけで、ずいぶん違うはずです。

(閉じかけている電車のドアに足を挟んで無理に乗ろうとしたり、友人のために列車の出発を止めようとする人もこれは当てはまります。緊急事態でも無いのにこんなことをする人は、明らかに非常識です)

3.犬の散歩中に愛犬のフンを拾いますか?

多分、これは常識的な人間かどうかがわかる究極のテストです。

誰だってほやほやの犬のフンは拾いたくありません。しかし、私は、他人の犬のフンを踏みたくないという思いから、自分の犬のフンを拾います。

この件に関しては、これ以上のことは言うまでもないと思います。とにかく、愛犬のフンはしっかり拾ってください。

自己統治力を求められる日常的な行動の実例はささやかなものを加えると、数え切れないほどありそうです。

そして、私たちの社会は、誰もがわかっていることですが、制度上の不平等が多すぎて、人間同士で深く関りあって何とかするわけにはいきません。

これは深遠な問題で、答えは簡単には見つかりません。すべてのアメリカ人が警察、政府、隣人から公正かつ公平に扱われると個人的に保証することはできないからです。

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Photo: Sam Aronov/Shutterstock

Source: @ANTICHRISTJARED/Twiiter,コトバンク

Joel Cunningham – Lifehacker US[原文



(出典 news.nicovideo.jp)


<このニュースへのネットの反応>

1でタバコ捨てるやつ殆ど見た目がアレ


カート問題の話と、下の具体例の話の繋がりがよく理解できんと思ったら、カート問題の話はただの前置きで自己統治能力の話が本題なんだな。 前置き長すぎるわ


大半の人間の答えが一致する問いで測れるわけないでしょ


それニューヨークでは測れるかもしれないけど、日本じゃ当然すぎて何の指標にもならないんですよ。むしろ引っかかったら社会不適応レベルで。元のスレッドみたいな個人で許容できるか変わる程度問題みたいなのに踏み込むのも不毛だろうけど。


集団主義の民族に聞いたら答えは一つじゃね?


だれかが放置したカートを他の客がよかれと思ってカート置き場まで戻しに行く行為は常識の範疇に入るのかね




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